『94歳からの挑戦!』シリーズとして以下の内容で配信を予定しています
| 第1章 日本の介護の現実と誤解 1 – ① 高齢化社会の現状データ 1 – ② 「介護=お世話」という誤解 1 – ③ 「年だから仕方ない」という思い込み 1 – ④ お世話中心の介護がもたらす「寝たきりの連鎖 第2章 94歳からの挑戦 ─ 祖母の奇跡の7ヶ月 2 – ① 祖母が寝たきりになった経緯(今回の記事) 2 – ② 家族の不安と葛藤 2 – ③ 自立支援の小さな一歩(食事・運動・声かけ) 2 – ④ 7ヶ月で歩行を取り戻したプロセス 第3章 「歩ける身体」が介護を変える 第4章 介護予防の新しい常識 第5章 ビジネスケアラー世代へのメッセージ 第6章 イキイキFit®が提案する新しいアプローチ 第7章 未来の介護を変えるために |
第2章 94歳からの挑戦 ─ 祖母の奇跡の7ヶ月①
祖母が寝たきりになった経緯
私の祖母は、94歳という年齢でしたが自宅で「要介護2」の生活でしたが、部屋の中では自分で歩いていました。
もちろん年齢相応の体力の低下はありましたが、頭もしっかりしていて、食事もトイレも自分で出来ていました。
そんな祖母が、ある日絨毯に引っかかり、尻もちをついて腰椎圧迫骨折で救急車で搬送されました。
医師は高齢もあり「手術はできません」「安静が治療です」
さらに、1週間は入院できますがそれ以上はできません!
1週間入院したら「認知症」になる
私は少し知識があり、高齢になって急な環境の変化は認知症になるリスクが高まる。ということを知っていました。
ここでも、自問自答。
どうする?自宅に連れて帰る? でも、おむつ交換とかできないし!
だけど、1週間だけ入院して「認知症」になったら、自宅での介護は大変になるよ。

コーチングスキルが役に立った!
このように自問自答=セルフコーチングを自分でやっていました。
ここで重要なこと。
それは、ゴール設定です。おばあちゃんをどこで「看取るのか」という事。
そして、誰の目線で「選ぶのか」
おばあちゃん目線? 家族目線? ケアマネ目線?
当時のケアマネに「怒られた」
医師と相談していた時、ケアマネに電話しました。確か19時くらいだったと思いますが、事業者は電話に出ない。転送もない。
「うちは見取りをやります」って言ってたのに。看取りやるなら電話くらい担当者決めて出れるようにしてよ。って思っていた。
それなら仕方ない。私が全部責任を持って判断しなくてはと覚悟を決め。
医師に「連れて帰ります!」
そこから、寝台の車の手配をして、何とか自宅に帰る。
おばあちゃんは病院では、泣きそうな顔をしていた。
自宅に戻ると、少し安心した様子だが「痛みがひどい」ああ大変だ!
その日を境に生活は一変しました。
次の日、ケアマネに電話すると「なんで連れて帰ってきたのですか?って怒鳴られた。
はあ?ふざけんなよ。もし、連れて帰らないでケアマネ目線で、介護の手配ができるまで待っている間に認知症になったらあんたどうするの?って
私も怒鳴っていました(汗)

おばあちゃんが小さな声で 「理恵ちゃん ありがとう」
病院では「年齢的に回復は難しい」「歩けるようになるのは厳しい」と説明されました。家族も「もうこのまま寝たきりかもしれない」と感じ、不安とあきらめが入り混じった複雑な思いを抱えていました。
でも、家に帰れて嬉しかった祖母は私に小さな声で「理恵ちゃんありがとう」って言ってくれた。嗚呼よかった。この判断で良かったんだって思えた瞬間でした。
祖母自身も「私はもう歩けない」「迷惑をかけて申し訳ない」と言うようになり、表情はどんどん暗くなっていきました。
ベッドから起き上がることさえつらく、生活のすべてに介助が必要になったのです。
介護保険制度を利用して訪問サービスを受ける準備も進めましたが、心のどこかで「これが本当に祖母にとって幸せな形なのか」と葛藤がありました。高齢だから、94歳だから仕方ない。そう考えようとする一方で、「まだできることがあるのではないか」という気持ちが消えませんでした。
この転倒と骨折をきっかけに、祖母は一気に「寝たきり状態」へと移行しました。そしてここからが、私たち家族にとって大きな挑戦の始まりだったのです。